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■=当店定休日です。
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ドイツの陶磁器【マイセン(Meissen)】をドイツより直輸入で販売しています。![]()
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陶磁器の最高峰マイセン(Meissen)は、「陶磁器の最高峰」として愛され続けているドイツのメーカーです。17世紀頃より、東インド会社を通してもたらされた東洋の磁器は「白い金」と呼ばれるほど珍重され、その美しさに当時の王侯貴族達も挙って磁器の蒐集や製造をしました。 ザクセン選帝侯のアウグスト2世(アウグスト強王)は、錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに磁器の焼成を命じ、 何回もの失敗を繰り返し、1709年ヨーロッパで最初の硬質磁器が誕生しました。 翌年1710年ドレスデンに「王立ザクセン磁器工場」が設立し、現在の国立マイセン磁器製作所の原点となっています。 マイセン初期の黄金時代を築いたのは、 ウィーンから招かれた絵付師のヨハン・グレゴリウス・ヘロルト(1696-1775)と彫刻家ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(1706-1775)がいます。 へロルトは当時の人々が東洋への憧れをもっていたことから、中国風様式の「シノワズリ」(中国人の姿や暮らしを細密画で描いたもの)や東洋的な花を描いた「インド紋様」「インドの華」など多くの作品を残しました。 世界的に有名な≪ブルーオニオン≫もこの頃に生まれた作品です。 彫刻家のケンドラーは磁器人形(フィギュリン)を制作し、人気を得ました。 現在も熟練の職人によって製造されています。
マイセン様式の絵付技法商品の裏には「マイセンマーク」が1つ1つ手書きで描かれ、絵付けも全て手書きでおこなわれています。その為、1点1点が絵の色・形・位置などが異なって同シリーズの同じ商品であっても、同じ絵柄ではなく、世界に1つの作品なのです。 当初は絵付師自身がデザインするという事はまだ行われておらず、銅版画を忠実に模倣する事が行われていましたが、その後筆使いのテクニックが開発されて、花の文様は豊かな表現力を持ちました。 マイセンの花に見られるSラインの躍動感や華麗な色彩は、生命力にあふれています。
剣マークの変遷ザクセン選帝侯の紋章からとられた、コバルトブルーで描かれているバックスタンプ(窯印)は、青の双剣と呼ばれ、時代や責任者が変わる度、あるいは輸出国の希望に沿って少しづつ変化してきました。 真贋としてだけではなく、マークによっていつの時代の物かを見分ける事ができます。 初期の頃は窯印を付けることが徹底されておらず、非常に古い作品には剣マークがない物もありますので、贋作とは言い切れません。 剣マークを入れるのは、釉薬をかける前に描くので修正が効かない為、窯印専門の絵付師がいます。男性はシュヴェルトラー、女性はシュヴェルトレリンと呼ばれています。 西洋陶磁器の歴史はマイセンから始まり、今もなお愛好家の多い洋食器ブランドです。
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当店では、洋食器・銀食器・和食器を中心としたテーブルウェアを販売しております。
テーブルウェア専門店 | Meteor Garden(メテオ・ガーデン)
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